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田村高校100周年記念式典における生徒の活躍 田村高校新聞より⑥

田村高校は令和4年に100周年を迎え、令和5年10月21日に100周年記念式典を行いました。

100周年記念式典に参加した生徒の感想についての記事と、頑張る生徒の様子について本校学校長がこの春の卒業生向けに贈った言葉をそれぞれ田村高校新聞第188号(R6.3.1)より引用の形で紹介します。


司会の様子①

(以下、参加した生徒の感想記事)

『100周年記念式典の司会をして』
今回は100周年式典の司会者を務めた生徒に式典の感想をいくつかお聞きした。
まず100周年記念式典の準備をして苦労したことは何ですか?
「式典という、責任感をもって臨まなければいけないという場所で司会者をさせていただきましたが、司会をする上で自分が気が付かなった話し方の癖があることがわかりました。NHKのアナウンサーの方が来てくださって練習をしたのですが、自分が話すときの癖を直していただいたり、貴重な体験ができました。」
続いて今回の式典を通して何を感じましたか?
「式典を通してOBや同窓会の方々に力を貸していただき、実際に身をもって体験することができました。また、いろいろな高校の校長先生や先生方が来てくださったので、それくらい大きな式典なんだなと改めて認識しました。」
続いての質問は自分なりに今回の式典はいかがでしたか?
「高校生が主体となって動いた式典の中では、準備や行動面ですごくいい出来だったと自負しています。」
最後に田村高校に一言をお願いします。
「100周年おめでとうございます。やはり田村高校は伝統がありすごくいい高校ですが、新しいことにも積極的に挑戦していくことも大事だと思います。私は生徒会役員だったので、中でも生徒会という団体は、そこでみんなの意見を聞く機会を作ることができるので、積極的に意見や学校の方針を作っていってもらいたいと思いました。」
ありがとうございました。田村高校は創立されてから100年もの歴史があり、生徒である私たちは100周年記念式典を体験することができました。私はこんなにも貴重な体験ができたことを誇りに思います。


式典の様子①


式典の様子②


司会の様子②

(以下、卒業生に向けた校長のことばから)

田高101年目の卒業生へ
                          校長  渡邊 亮
 卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。
皆さんは、新型コロナウイルス感染症の影響により、中学校、高校と大きな制約を受けながら過ごしました。しかし、そのような環境の下でも地道に努力し、進路目標を実現させ、新たな道でその一歩を踏み出すことに感服いたします。
 今年度は、学校創立以来の大きな節目となる百周年記念式典が行われました。「生徒が主体のおもてなしの心を込めた式典」をコンセプトに会場準備はもとより、受付・誘導・接待・進行・介添えまであらゆる場面で皆さんが主体となって活躍し、『これぞ田高生!』の魂を体現してくれました。そして、来賓の方々や参加された同窓生の皆様からも多大なる賛辞をいただきました。
 そのような中、私が一番感銘を受けたのは前日の会場準備でした。体育館の扉のレールの溝を一心不乱に掃除する生徒、椅子一つ一つ、白布一枚一枚に心込めて準備する生徒、皆さんの姿に私の心は揺さぶられました。私は新任教員だった三十数年前、この田高で先輩教師から「生徒の心をプルプルっと振るわせられる教師になれ!」と教わりました。しかし、今回は逆に皆さんから私の心がプルプルっと振るわせられました。そのプルプルは一晩中続き、どうしてもその姿を参列者の方々に伝えたくなったのです。そして当日の朝、すでに出来上がっていた式辞を書き直し、出来上がったのは式典開始のわずか一時間前だったのです。
 話は変わりますが、私は相田みつをさんが好きで、担任したクラスではいつも相田さんの日めくりカレンダーを掛けていました。以下、体育科一期生卒業記念文集より
「一生感動 一生青春 理屈で人は動かない」
これは相田みつをさんの言葉で、卒業する皆にもぜひ覚えておいてもらいたい。
 それによれば、人間を動かすものは、難しい理論や理屈ではない。理論や理屈は頭の一部で考えるものであるから、頭のいい人には叶わない。感動は他から強制されるものでもなく、命令されるものでもない。あくまで自分自身、つまり、いのちそのものからできる。だから感動にはうそがない。年齢や身分に関係なく、毎日何かに感動し、心ときめくこと、それを、感動と呼ぶ。
 今回の記念式典での皆さんの真摯な姿は、本当に人々の心に感動を与えてくれました。ありがとう。卒業後もキーワードだった「未見の我」を探し求めてください。そして「未見の我」に本当に出逢えた時、感動できることを祈っています。


式典を終えて